犯罪の成立要件

更新日
  • 2020年03月30日
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犯罪の実質的な定義は、社会生活上の利益・秩序を侵害する高度の害悪性を持つ行為とされます。そして、刑法においては、そのような行為のうち、刑罰制裁に値する当罰性を有し、かつ現に法律によって刑罰を科すことができるという可罰性を有する行為のみが犯罪とされています。今回は、犯罪の成立要件について解説していきます。

犯罪論の体系

個別具体的な事件を適正かつ斉一的に処理するために、犯罪の理論的な体系を構成することを、犯罪論の体系化といいます。犯罪論の体系は、犯罪の成立・不成立の要件を順を追って検討していくという思考の指針となり、裁判官の判断を統制するための手段となります。日本においては、犯罪の成立要件を「構成要件該当性」「違法性」「責任」の3つに体系化し、犯罪を構成要件に該当する違法かつ有責な行為と定義することが通説となっています。

犯罪行為の判断においては第一に構成要件該当性の検討を行い、構成要件該当性の認められる行為について、違法性・責任の順で検討されます。

構成要件該当性

構成要件とは、刑罰の対象となる様々な犯罪行為について、その個別性を捨象し、一般的・抽象的な要件によってカテゴライズしたものです。そして、これらの行為とその刑罰を明文化したものが刑法条文です。(正確には、構成要件は条文を解釈して得られる犯罪の枠組みです。)

刑法 第199条(殺人)

人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

例えば、殺人罪の構成要件は「人を殺した者」です。積年の恨みから被害者をナイフで刺し殺した者も、生活苦からやむなく無理心中をして自分だけ生き残ってしまった者も、その経緯や動機などの情状は全く異なりますが、いずれも「人を殺した者」という構成要件に該当し、殺人罪に分類されます。個別の情状は、検察官が被疑者を訴追するか否かの判断や、被告人が有罪の場合の量刑の際に考慮されることになります。

「法律なければ刑罰なし」という罪刑法定主義の原則から、国家が国民に対して刑罰を科すためには、犯罪とされる行為とそれによって科される刑罰が、あらかじめ法令によって明確に規定されている必要があります。たとえ刑罰制裁に値する行為があったとしても、それが事前に法令で処罰対象とされたものでなければ、行為者に刑罰を科すことは許されないのです。そのため、ある行為が構成要件に該当することが犯罪成立の第一要件となります。

構成要件の機能

罪刑法定主義機能

犯罪になる行為とそうでない行為を明確に区別する機能です。構成要件という犯罪類型を定め、刑法条文に明記することによって、どのような行為にどのような刑罰が科されるかを国民は容易に判断することができるようになります。そして、それ以外の行動が自由であることが保障されます。

違法・責任推定機能

構成要件に該当する行為が違法であること、及び有責であることを推定させる機能です。責任の推定まで認めるか否か、すなわち構成要件に主観的要素(故意・過失)を含めるか否かについては争いがあります。

犯罪個別化機能

ある犯罪と別の犯罪を明確に区別する機能です。この機能を徹底するためには、構成要件に客観的要素だけでなく、主観的要素(故意・過失)も取り込まざるを得ないことになります。例えば、殺人罪・過失致死罪・傷害致死罪は客観的要素だけでは区別できず、行為者の主観的要素によってのみ区別することが可能になります。

故意規制機能

故意があるというために必要な認識の対象を示す機能です。故意とは、罪を犯す意思であり、これは「構成要件に該当する違法な事実を実現することの認識(と認容)」です。この機能を徹底するためには、構成要件は客観的要素だけに限られなければなりません。

構成要件要素

構成要件要素とは、犯罪を構成する要素です。簡単にいえば、条文に記載された構成要件を分解したものですね。構成要件要素は、客観的構成要件要素と主観的構成要件要素に分類されます。

客観的構成要件要素

構成要件の客観的な要素です。故意があるとするための認識の対象となります。客観的構成要件要素には「主体」「客体」「実行行為」「結果」「因果関係」などがあります。

例えば殺人罪の客観的構成要件要素は下記のようになります。
「主体」人「客体」人「実行行為」人を殺す「結果」人が死亡する

主観的構成要件要素

構成要件の主観的な要素です。一般的要素として構成要件的故意・過失があります。また、故意・過失以外の特有の主観的要素を要する犯罪もあります。

刑法 第38条(故意)

1. 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

全ての犯罪において「罪を犯す意思」すなわち故意のない行為が罰せられることはありません。ただし、38条後段において、故意がなくとも過失があれば例外的に処罰されることが規定されています。通説では、故意・過失は構成要件の主観的要素となる構成要件的故意・過失と責任の要素となる責任故意・過失に分けられます。【詳しくは「故意」を参照】

構成要件的故意

構成要件的故意とは「構成要件に該当する客観的事実の認識と認容」と定義されています。これは殺人罪でいえば、行為の対象が人であり、自分の行為によって相手の死亡という結果が発生するであろうことを認識した上で、それでも構わないと考えることです。

構成要件的過失

構成要件的過失とは、一般人の能力を基準とした「予見可能性」「予見義務違反」「結果回避可能性」「結果回避義務違反」を要件とします。つまり、一般人の能力であれば、犯罪結果が発生することを予見できたにもかかわらず、その義務を怠り、結果を回避できたにもかかわらず、その義務を怠っていた判断できる場合に構成要件的過失が認められます。

違法性

犯罪成立の判断において、ある行為に構成要件該当性が認められた場合、次の段階では違法性についての検討を行います。構成要件は違法かつ有責な行為の類型であるため、ある行為に構成要件該当性が認められた場合、その時点で違法性が推定されます。そのため、違法性の検討は、当該行為の違法性を否定する事由が存在するかどうかの判断になります。この違法性を否定する事由を違法性阻却事由といいます。刑法で明文化されている違法性阻却事由には「第35条 正当行為」「第36条1項 正当防衛」「第37条1項 緊急避難」があります。

正当行為

刑法 第35条(正当行為)

法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

法令行為

法律、命令の規定に基づき権利または義務として行われる行為のことです。例えば、競馬で馬券を販売する行為や宝くじを発売する行為は刑法185-187条で規定されている「賭博及び富くじに関する罪」に該当しますが、それぞれ競馬法と当せん金付証票法に基づいて行われている行為であるため、違法性は阻却されます。また、刑務官が死刑を執行する行為もこれにあたります。

正当業務行為

社会通念上正当な業務による行為とされるものです。例えば、ボクシングや柔道などの暴行や傷害を伴う行為や、医者による外科手術などの医療行為が正当業務行為として挙げられます。

正当防衛

刑法 第36条(正当防衛)

1. 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

2. 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

刑法における正当防衛とは、差し迫った法益侵害の危機に対し、これを避けるために必要かつ攻撃に対して相当な範囲内での防衛行為のことです。例えば、暴漢から自分の身を守るために反撃する行為などです。ただし、強盗が素手であるのに対し、道端にあった石などで執拗に反撃を加えた場合には過剰防衛となります。正当防衛と認められる行為は、たとえ構成要件に該当する行為であったとしても、その違法性が阻却され犯罪は成立しません。

緊急避難

刑法 第37条(緊急避難)

1. 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

2. 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

刑法における緊急避難とは、自己または他人の権利や利益に対する現在の危難を避けるため、他にとり得る手段がなく、やむを得ずした行為であり、この行為によって生じた損害より、行為によって避けようとした損害が大きいものであれば、行為の違法性は阻却されるというものです。例えば、暴漢から自分の身を守るために、他人の家に勝手に逃げ込む行為などです。

緊急避難は正当防衛と同じく法益の危機を避けるための緊急行為ですが、正当防衛が急迫不正の侵害に対して反撃するという「不正対正」の関係であるのに対し、緊急避難は現在の危難を避けるために第三者の法益をやむを得ず侵害するという「正対正」の関係となっています。

違法性に関する事実の錯誤(違法性阻却事由の錯誤)

違法性に関する事実の錯誤とは、行為者が違法性阻却事由がないのにも関わらず、それが存在すると誤信して行為に及んだもので、典型は誤想防衛と誤想避難です。通説では、違法性に関する事実の錯誤がある場合、行為者の故意は認められず、故意犯は不成立となります。ただし、行為者が安易に誤信していた場合は、過失犯が成立する可能性があります。

誤想防衛

誤想防衛とは、急迫不正の侵害がないのに、それがあると誤信して防衛行為をした場合、または急迫不正の侵害に対して、相当な防衛行為をするつもりで過剰な防衛行為をした場合をいいます。

誤想避難

誤想避難とは、現在の危難がないのに、それがあると誤信して避難行為をした場合、または実際に現在の危難があったものの、相当な避難行為をするつもりで過剰な避難行為をした場合をいいます。

責任

犯罪成立の判断において、ある行為に構成要件該当性があり、かつ違法性阻却事由が存在しない場合、その行為は違法な行為であると認められます。そしてそのような違法な行為について、責任主義の原則から、最後にその行為者を責任非難できるか否か(有責性)についての検討を行います。

構成要件は違法かつ有責な行為の類型であるため、ある行為に構成要件該当性が認められれば、その時点で行為者に責任非難ができると推定されます。責任の検討は、故意(責任故意)・過失(責任過失)の有無に加え、すでに有責であると推定される行為について、行為者の責任を否定(減免)する事由が存在するかの判断になります。この責任を否定する事由を責任阻却事由といいます。行為者が「責任能力を欠く者」である場合と、行為時に「期待可能性が存在しない」場合が責任阻却事由に該当します。

責任故意・責任過失

責任故意

責任故意とは、通説では違法性を基礎づける事実の認識と違法性の意識の可能性とされています。違法性を基礎づける事実の認識とは、違法性阻却事由不存在の認識であり、違法性の意識とは自分の行為が法律で禁止されているものであるという認識です。

責任過失

責任過失とは、行為者の能力を基準とした>「予見可能性」「予見義務違反」「結果回避可能性」「結果回避義務違反」を要件とします。つまり、行為者が、犯罪結果が発生することを予見できたにもかかわらず、その義務を怠り、結果を回避できたにもかかわらず、その義務を怠っていた場合に認められます。

責任能力

責任能力とは、行為者に責任非難を認めるために行為者に必要とされる能力であり、事物の理非・善悪を弁識し、かつそれに従って行動する能力のことです。責任能力のある者を責任能力者、これを欠く者を責任無能力者といいます。責任無能力者に対しては、その行為を非難することができず、責任が認められないため、犯罪が成立しません。責任無能力者としては、心神喪失者や14歳未満の者が挙げられます。

また、責任能力を欠くには至っていないが、責任能力が著しく減退している者に対しては、限定責任能力者として、その行為に対しては刑の減軽を認めています。限定責任能力者としては、心神耗弱が挙げられます。刑法は第39条1項において心神喪失者、第41条において14歳未満の者の不処罰を定めており、第39条2項において心神耗弱者の刑の減軽を定めています。

心神喪失・心神耗弱

刑法 第39条(心神喪失及び心神耗弱)

1. 心身喪失者の行為は、罰しない。
2.心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

心神喪失とは、精神の障碍により事物の理非善悪を弁識する(違法性を意識する)能力、又はその弁識に従って行動する能力が欠如している状態を指し、心神耗弱とはこれらの能力が欠如するまでには達していないが、著しく減退している状態を指すものです。

責任能力は、精神の障碍という「生物学的要素」と、事理弁識能力及び行動制御能力という「心理学的要素」の2要素を考慮する混合的方式によって判断されています。

生物学的要素である精神の障碍は精神病や知的障害等に起因する継続的なものと、病的酩酊や催眠状態等に起因する一時的なものとを問わず、またその原因も病的なものと否とを問いません。

心理学的要素である事理弁識能力と行動制御能力は、いずれかが欠けていれば心神喪失者とされます。事物の理非善悪を弁識する能力は備えているが、精神の障碍により、その弁識に従って行動する能力を欠く者、すなわち自己の行動を制御する能力がないために、悪いこととは知りながらも犯罪を犯してしまう者も心身喪失者とされます。

刑事未成年

刑法 第37条(責任年齢)

十四歳に満たない者の行為は、罰しない。

刑法41条は、14歳に満たない者を画一的に責任無能力としています。事理弁識能力及び行動制御能力を考えると、刑事未成年者であっても、それらの能力を備えている可能性も考えられますが、年少者の人格が形成途上にあって可塑性に富んでいることを考慮して、政策的に刑罰を科すことを控えたものです。

刑罰法令に触れる行為をした14歳に満たない者(触法少年)は少年法により審判に付され、要保護性に応じて保護処分を受けることになります。なお、少年法は、20歳未満の者の刑事事件は全て家庭裁判所で執り行うこととし(刑法41条、42条)、原則として刑罰が科されることはありませんが、例外的に、死刑・懲役・禁固にあたる罪の事件で、家庭裁判所が刑事処分が相当であると認める場合には、事件は検察官に送致(逆送)され、成人同様に刑事裁判に付されることになります(少年法20条1項)。

期待可能性

期待可能性とは、行為当時の具体的状況下において、行為者が違法行為を避けて適法行為を選択できる可能性を意味します。適法な行為を選択することが期待できないような状況下では、違法な行為をあえて選択したとはいえず、非難可能性を欠くことから、通説では責任能力、故意・過失に並ぶ責任要素とされています。

期待可能性の不存在に基づく責任の阻却については、判例では「期待可能性の不存在を理由として刑事責任を否定する理論は、刑法上の明文に基づくものではなく、いわゆる超法規的責任阻却事由と解すべきものである」とされています。(最判昭31年12月11日刑集第10巻12号1605頁

期待可能性を完全に欠く場合には責任が阻却され、期待可能性が乏しい場合には責任の軽減が認められるるという見解が通説となっていますが、最高裁判所の判例には、期待可能性の不存在による責任阻却を認めたものはありません。高等裁判所以下の判例では期待可能性の不存在を理由として、責任の阻却を認めたものもあります。※現在の最高裁の前身である大審院では、期待可能性の程度が低いことを考慮し、原審の禁固6月を破棄して罰金300円を言い渡した第五柏島丸事件(大判昭8.11.21刑集12巻2072頁)があります。

違法性の錯誤(法律の錯誤)

違法性の錯誤とは、行為者が発生した違法な事実についての認識を有し、その認識通りの結果が発生しているものの、自分の行為は違法ではないと誤信しているものです。故意があるとするためには違法性の意識は要しないため、違法性の錯誤があった場合でも故意は阻却されません。ただし、通説では、自分の行為が違法ではないと誤信したことにつき相当な理由があれば、すなわち「違法性の意識の可能性」すら存在しない場合は故意が阻却されるとします。

まとめ

犯罪の成立要件は「構成要件該当性」「違法性」「責任」の3つに体系化され、犯罪は「構成要件に該当する違法かつ有責な行為」と定義されています。犯罪成立の第一要件は構成要件該当性であり、ある行為に構成要件該当性が認められた場合、違法性と責任も推定されます。

違法性は、構成要件該当性が認められ、違法性が推定される行為について、違法性阻却事由が存在しないことによって確定します。責任は、構成要件該当性・違法性が認められ、責任が推定される行為について、責任阻却事由が存在しないこと、また故意・過失があるとされることによって確定します。これらの3要件を満たすことによって犯罪は成立します。

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